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本『怪異考/化物の進化 寺田寅彦随筆選集』中公文庫

怪異考/化物の進化 - 寺田寅彦随筆選集 (中公文庫)

怪異考/化物の進化 - 寺田寅彦随筆選集 (中公文庫)

 

寺田寅彦(1878年=明治11年〜1935年=昭和10年)は物理学者であり随筆家でありました。夏目漱石の門弟です。「天災は忘れたころにやってくる」は寺田の言葉といわれます。理化学研究所に所属しましたが、先般の幻細胞の件で、理研を説明する文章に寺田寅彦が出てくるたび、私は歯がゆく思ったものでした。

本日読んだのは『怪異考/化物の進化 寺田寅彦随筆選集』千葉俊二・細川光洋編(中公文庫)です。

寺田寅彦がどれだけえらいかは、「化物の進化」の次の文章でよくわかります。

自然界の不思議さは原始人類にとっても、二十世紀の科学者にとっても同じくらいに不思議である。その不思議を昔われらの先祖が化物へ帰納したのを、今の科学 者は分子原子電子へ持って行くだけの事である。昔の人でもおそらく当時彼等の身辺の石器土器を「見る」と同じ意味で化物を見たものはあるまい。それと同じ ようにいかなる科学者でもまだ天秤や試験官を「見る」ように原子や電子を見た人はないのである。それで、もし昔の化物が実在でないとすれば今の電子や原子 も実在ではなくて結局一種の化物であると云われる。(略)

寺田寅彦は「怪異考」で、古くからの怪しい言い伝えを 科学的に解き明かそうと試みています。だからといって化物のたぐいを否定しているわけではなく、むしろ敬意を払っているのです。「科学的/非科学的」の二項対立を批判しています。多くの人が非科学的だとして幽霊や妖怪を否定し駆逐します。地震の原因が大ナマズであれマントルであれ地震は地震だ、と巨きな視点でものごとを考えられる人はそうそうありますまい。

     

世の中の不思議には際限がない、と寺田寅彦は何度か主張しています。

要するにあらゆる化物をいかなる程度まで科学で説明しても化物は決して退散も消滅もしない。ただ化物の顔貌がだんだんにちがったものとなって現れるだけである。人間が進化するにつれて、化物も進化しない訳には行かない。(略)──「化物の進化」より

理化学が進めば世の中に不思議はなくなるであろうと云う人がある。しかし科学が進めばかえって今まで知られなかった新しい不思議なものも出てくるのである。現在物理学者の問題となっている宇宙線などもその一例である。──「宇宙線」より

寺田が没して丸八十年。その間、科学も進歩しましたが、いっこうに不思議なものは減りません。

「春六題」のなかに、同じような表現でこんなことを寺田は書きます。生物学者と物理学者、化学者が不休の努力を続け、物質と生命の距離を縮めようとしているからいずれ生命を物質として語れる日がくるかもしれない、と前置きし、こう続けるのです。

(略)もしそれが成効して生命の物理的説明が付いたらどうであろう。
 科学というものを知らずに毛嫌いする人はそういう日を呪うかもしれない。しかし生命の不思議が本当に味わわれるのはその日からであろう。生命の物理的説明とは生命を抹殺する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫する生命」を発見する事でなければならない。

DNAの解析などにより「生命の物理的説明」がつきそうな時代になってきました。「物質の中に瀰漫する生命」を発見し、味わう時代が到来したということなのでしょう。これは人工知能の話にも通じます。

さらに。

いまの日本のことを言い当てたということであれば、科学が進化すれば化物も進化するという上記の予言にも触れなければなりません。いまの日本に出現した化物は放射能です(編纂者のひとり・千葉氏も、解説で放射能なる化物について書いています)。科学が進化したのに応じて化物も格段に進化したのでしょうか。村に出没する狐狸のたぐいとはレヴェルがちがいます。じつに頭が痛い化物です。