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老眼初心者による本や映画の話

あまり読まない本とあまり見ない映画の話

本『こんなテレビに誰がした』と愛川欽也

こんなテレビに誰がした

こんなテレビに誰がした

 

愛川欽也の訃報を聞いてまっさきに想起したのは、「テレビについて話す会」(以下「話す会」)のことでした。1996年、愛川氏の呼びかけで、 視聴率至上主義に疑問を感じるテレビ業界の関係者172人が賛同したそうです。TBSのビデオ問題と前後していたこともあり、大きな話題になりました。

愛川氏が甲高い声で機関銃のように(自己顕示欲旺盛気味な)言葉を繰り出すのが私は苦手でしたが、あのときの勇気に心から敬意を払っています。

ところが、ネットで眺めるかぎり「テレビについて話す会」の情報があまりないのです。訃報では毎日新聞のネット記事には触れてありました。あとで話題にする 『こんなテレビに誰がした』が毎日新聞社刊だったからでしょうか。視聴率批判はタブーでしょうから、ワイドショーでも言及しなかったはずです。

4月17日付の東京新聞夕刊1面には、横尾和博のこんな話が載っていました。

「硬派の人」貫いた
二十年来の親交のあった横尾和博さんの話  愛川欽也さんはテレビの視聴率競争を批判し、キー局から干されても自ら政治や社会の問題を取り上げる「パックインジャーナル」などの番組を立ち上げた。硬派の人だが、庶民に寄り添う話芸にすぐれていた。三月二十三日に話したのが最後になったが、福島原発事故で放出された放射性物質の量を調べてほしいと言い、事故を気にかけていた。

視聴率によってテレビ局のスポンサー料が決まるようになったため、数字で評価される風潮が拡がりました。内容が良くたって視聴率が悪ければ「悪い番組」で、下品なことしても高視聴率を取れば「いい番組」……。広告収入に頼るテレビ局は視聴率アップをはかって収入を増やしたいのです。

ニュースだって「大人の事情」が反映されます。自由に原発批判ができないのはスポンサーに対する配慮です(そのうえ最近は政府の意向も汲み取らなきゃいけないようです)。テレビのニュースを見続けるなら、個々の情報リテラシー能力を高めて番組の裏を読むしかないのでしょう。

以前読んだ『電通の正体』(週刊金曜日取材班、金曜日刊)に「話す会」のことが書かれていました。人気者だった愛川氏がそれを境に干されたというので興味を持ち、古本屋で見かけた『こんなテレビに誰がした』を購入したんですが、そのままにしていました。今回、やっと読んだ次第です。

本書には、愛川欽也ほか、小中陽太郎、ばばこういち、前田武彦、阿川佐和子、見城美枝子らの賛同者が、おもに対談形式で発言しています。TBSビデオ問題にも触れています。テレビの劣化を嘆く意見はそれ以前からもありましたので、当時どれだけセンセーショナルだったか記憶していません。少なくとも今から見れば驚くような問題提起には思えない。しかし、出演者などテレビ業界内部から不満が湧いた、という点は衝撃的だったと思われます。

放送ジャーナリスト・ばばこういちが、インターネットやケーブルテレビの発達を予見し、相対的にテレビが弱まると危惧しているのはなかなか面白かった。

現在、アメリカで流行っているドラマは、テレビ局ではなくネット会社が制作していると言います。コマーシャルが挟まり、広告主に気をつかって自主規制するテレビドラマより、1話ごとに金を払って魅力的なネットドラマをストリーミング視聴するほうが好まれているらしい(→ウォールストリートジャーナル『米TV視聴時間減少、ストリーミングは人気上昇=ニールセン調査』)。日本にもその波が押し寄せ、テレビ局の力が相対的に落ちていく可能性は大いにあります。

やや話題が逸れました。

愛川氏の Wikipedia を見ると、96年以降、東京12ch以外では単発的なドラマやバラエティが中心になっていきます。なぜそんな事態になったのか、さらに、CSやイン ターネット上でニュース番組をやっていたのはなぜか……それらは「話す会」を抜きにして語れないはずです。死ぬ直前まで活動し、テレビのタブーから自由であろうとした愛川氏は見事でした。

電通の正体―マスコミ最大のタブー

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