読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

老眼初心者による本や映画の話

あまり読まない本とあまり見ない映画の話

本『月と蛇と縄文人』

月と蛇と縄文人

月と蛇と縄文人

 

こないだ、なにかの拍子に、ふと考えました。

岡本太郎の功績として、縄文文化や子供の絵を「芸術として発見」したことが挙げられます。しかし、そのことにより縄文人の精神性を子供並みと勘違いしている人がいるんじゃないか? たとえば、縄文人のつくった土偶は、女性の裸が多いけど、彼らは呪術的な意味をこめて裸をつくったのです。つまり彼らは抽象的な思考ができるのです。縄文人を舐めちゃいかんよ。

縄文人の文化を考えるには精神分析的な読み方が有効なはず。そんな本はたくさんあるんだろうと思ってAmazonで検索してみました。ネリー・ナウマン『生の緒』がまずヒットします。評判は知っているけど、5,000円だしな……。お、大島直行『月と蛇と縄文人』(寿郎社)という本があるじゃないか。と、ためしに購入したのです。「月」に関する本を買ってしまう癖もあります。

思った通り、ナウマンらの研究を受け継ぎ、精神分析学的に縄文文化にアプローチする内容でした。

著者によると、そういった精神分析学的な解読をした考古学者は少ないんだそうです。正統な考古学者は「発達史観」で縄文時代をとらえていて、現代人より遙かに劣ったと考えられる縄文人の心象に思いを馳せることなどなかったんだとか。

これには少々驚きました。

じつは、フロイトだのユングだの「元型」だの「男根」だの「子宮」だの……文学研究をやっていた大学時代にウンザリするほど見聞きました。テリー・イーグルトン『文学とは何か』だって精神分析批評に一章が割いているんです。考古学の対象となる時代は、科学などが未発達なぶん精神の文化だといえます。だから縄文文化だってすでに精神分析学の手法で語り尽くされていたと想像していたのです。

ユングのいう《元型》が、時空を越えて縄文人にも共有されていると著者は考えます。そのうえで縄文土器の縄模様や、土偶、竪穴式住居、ストーンサークルなどの意味を読み解くのです。たとえば、縄は、からみあう蛇の交尾をあらわしたものだと主張。蛇は、男根を連想させ、さらに脱皮や冬眠などの「再生」のイメージがあります。そこで縄文人は土器に縄模様をほどこし、多産や生まれ変わりを願った──。

ふむふむ。

精子は月から授かると世界的に考えられていて、だから土偶は斜め上を眺め、月からの水を溜めるような形状をしている。

ふむふむ。

貝塚は……鮫の歯は……

ふむふむ。

「汎性欲論」は精神分析を批判するときのキーワードですが、この本も「汎性欲論」的かな、と思わないわけじゃありません。もうちょっと説明があったらいいのにと感じたところもあります。それでも充分刺激的な一冊でした。

緑色が再生のカラーであるといった思わぬ発想や、本州の縄文人は世界的に見ると虫歯が多かったなどという意外な事実をも得られたのでありました。