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老眼初心者による本や映画の話

あまり読まない本とあまり見ない映画の話

映画『瘋癲老人日記』

いやはや、このブログの存在自体忘れていました。本は読んでます。映画はあんまり観てませんが……。

本日、新宿の角川シネマにて『瘋癲老人日記』を見て参りました。初見です。「若尾文子 映画祭 青春」という企画で上映される作品のひとつです。世界に誇る、大官能・マゾヒズム芸術作品です。どうぞ原作もお読みください。

『瘋癲老人日記』1962年大映
 監督/木村恵吾 原作/谷崎潤一郎
 出演/山村聰、東山千栄子、川崎敬三、若尾文子、村田知栄子、丹阿弥谷津子

じつは私、文子サマのファンなんです。まさに「しとやかな獣」──気品のある役から途轍もない悪女までこなせる、名女優です。それぞれの作品につきましては、また語る機会もありましょう。

さて、『瘋癲老人日記』です。原作では、喜寿を迎えた卯木督助が息子の妻の脚に魅入られ、シャワーを浴びている彼女の脚に頰ずりしたり踏まれたりして興奮を覚えるというプレーを愉しみます。それは血圧の上昇を招く、命を賭けた危険な遊びでもありました。嫁・颯子はそれをどう思っているのか、督助におねだりして高価な猫目石を買ってもらったりしているのです。死期が近づいた督助は、自分の墓石にあるものを刻もうと、颯子に懇願します……と、これらが漢字片仮名まじりの日記として語られていきます。最後、看護婦の手記が添えられ、少々、事実が混乱するのです。そのあたり、ミステリー風な小説を多く書いている谷崎の真骨頂ともいえます。

これを映画にするのは難しいでしょう。日記が客観性を欠くから成立するお話なのです。映像にしてしまえば、虚実入り交じった妄想部分も事実として語られます。

コミカルにすることで、おそらく別の味わいを狙ったものと思われます。最初から、谷崎の『台所太平記』を参考にしたようなドタバタです。シャワーを浴びている颯子の脚にすり寄るシーンなんかも、観客の笑いを誘っていました。しかし、ずっとコメディタッチであるところに、最後の墓石のシークエンスに移ったとたん、狂気を映したいのか官能的にしたいのかよくわからない微妙な雰囲気になってしまい、全体がちぐはぐな印象になってしまうのです。期待してはいなかったけど、最後は残念でした。(脚本にひとこと申すなら、主人公はとくに「脚」に拘泥しなきゃならなかった。谷崎のフットフェティシズムは有名ですが、映画では、脚も首も舐めたい、キスしたいと言うから、脚への執着が際立ちません)

若尾文子サマは、決してスタイルはよくないんですが、よくまあ、素肌をさらしていらっしゃいました。山村聡はすかしすぎてて督助を演じられないんじゃないかと思っていたんですが、私の先入観でありました。その十二分な瘋癲ぶりに感心しました。

誤解されると困るのですが、原作は、谷崎先生晩年の大傑作です。大学生のとき論文を書かされたため詳しく何度も読みました。原作の偉大さについて語りたいところですが、まあ、それも機会があれば、いつかまた。

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鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

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