老眼初心者による本や映画の話

あまり読まない本とあまり見ない映画の話

本『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

 新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読みました。カバーの箔がなかなかおもしろい。単なる黒の箔じゃなかった。
 論点が多いうえ本全体の構成がよろしくないので短くまとまりませんが、「シンギュラリティは来ない。Aiは神にならないし、人間の仕事は全部奪わない。東大合格ロボットを作るにあたって厄介だったのは、AIの読解力である。MARCHレベルには達したが、限界だろう。われわれのチームは同時に中高生に学力テストを行なった。すると(国語以外の)教科書の記述すら理解できない子供が相当数いる。AIの不得意な分野を伸ばさなければ、彼らは職を奪われるかもしれない。もちろん社会にも大きな変革をもたらす」云々、かな。
 シンギュラリティ(技術的特異点)って今ではいろんな意味で使われます。この人はもちろんカーツワイルの提唱したGNRのうちロボティクス(人工知能の革命)について書いています。
 著者は、文節で区切ることとか「同義文判定」とか「具体例判定」とか書かれているから、私が考えるような正攻法的アプローチでダメだった、ということなんでしょう。
 それでも私は、他の誰かがパラダイムシフトを起こすと予想しているんです。もちろん大学受験レベルの論理的な文章の読解に限ってのこと。AIに詩や小説(や映画や絵画)は観賞できないと思うし、そもそも感想を求めてもしかたがない(私がある本を読んでどんな感想を抱くかは予測できるでしょう)。シンギュラリティが起きるか起きないのは、さらにその先です。
 著者のチームによる子供の読解力テストは以前報じられましたが、たまげたもんです。「富士山は日本一高い山です。高尾山は富士山より高いですか」が回答できないレベル。中高生のお子さんがいるうちはここだけやらせてみたらいい。178ページあたりの珍回答が、国会での与党や朝生での議論と同じだから恐ろしくなってしまった。AIに職業を奪われる前に、百田尚樹や三浦瑠麗に洗脳されてしまうわ。
 著者は、子供の読解力低下がなにに起因するのかわからなかったと書きます。読書量との相関関係などもなく、原因が見いだせなかったとか。
 私は社会全体の思考パターンが必ず子供に影響を与えると思うのですよ。たとえば、いつからか「頭がいい人」は、じっくりものを考える人ではなく、たけしやさんまみたいに反射的に面白いことを言う人を指すようになった。松本人志って頭いいよね、と親や友達が言えば、ぼんやりテレビ視て入ってくる松本人志の政治的発言も頭いい人の発言と認識される。
 社会の風潮や周囲の大人の思考能力が、子供の読む能力と無関係だと思わないんです。やはり読解力や情報リテラシーの引き上げは必要か?──政治家はこの程度でちゅうどいいと考えていたりしてね。

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち